「熊みたいに冬眠したいよ」タレント紹介インタビュー まりなさん

タレント紹介インタビュー第三弾はまりなさんにお話をききました。

アウトプットが難しい

―――「最近、アウトプットが難しい」ってちょっと前に言っていましたよね。

まりな:あの時は単純に調子が良くなかったんだと思うな。

―――体調に左右される?

まりな:そうですね。もともとアウトプットは得意ではないけれど。

―――アウトプットが得意ではないというのは、言葉が出てこないみたいなこと?

まりな:出てこない。調子が悪いとそれが加速しちゃうけど、今は落ち着いています。調子を崩す周期が大体決まっているというか。一番最初にメンタル崩したのが19歳のときの6月なんですよ。その6月から起因して引き起こされる不調みたいなのはなぜか不思議とあるかな。

―――そうなんだ。

まりな:それと年度末は調子悪くなる。変わり目は崩しやすいのかな。でもなんか調子悪い日は調子悪いから、年中、「あれ?調子良い時あるかな?」みたいな(笑)。

―――19歳まではメンタルの調子を崩さなかったまりなさんと、その後のまりなさんは違うんですか?それとも、溜まりに溜まったみたいな?

まりな:19歳で崩れたのは溜まりに溜まったのが、やっとなんかこう、殻を破って外に漏れたみたいな。きっと、ずっと抑圧してたから。

―――その後も、溜めてから崩れる?

まりな:そう。なんか基本「溜まったら崩れる」みたいなのは繰り返されている。

―――まりなさんは頭痛とかあって、死にトリをやってるスタッフのなかでもよく体調を崩してるイメージ。

まりな:たぶん一番頭痛が多いスタッフだと思う(笑)。

―――頭痛は普段から多いんですか?

まりな:普段から多いですね。耐えられる頭痛と耐えられない頭痛があるんですよ(笑)。薬効いてくれれば全然動けるんですけど、効かない時はもう終わりですね(笑)。「今日1日終わりだな」って感じ(笑)。

最初は行きたくなかった学習支援での関わり

―――ネットワークサロンに関わった一番最初は何歳のときですか?

まりな:関わった最初は中3だから、15歳くらい。

―――それはどういうきっかけだったんですか。

まりな:生活保護世帯だったので、親が市役所のケースワーカーから「こういうのあるよ」って学習支援(Zっと!Scrum、以下「スクラム」)を教えてもらって。全然勉強しない子だったから、親も勉強できるところがあるならということで、「塾には行かせてあげられないから、こういう所あるみたいだから行ってみなよ」みたいなこと言われて。

でも昔、私すごい人見知りだったんですよ。今もだけど(笑)。今よりも人見知りで、「知らない人がめっちゃいるところに行くなんて絶対嫌だよ」みたいな。最初は、反抗ではないけど、すごい「行きたくない」ってずっと言ってて。

―――それはお母さんに?

まりな:はい、母に「行きたくない」って言ってました。反抗と言っても、強くは言えなかったけど(笑)。でも結局、強制的に「行きなさい」って。

―――反抗かなわず。

まりな:それで行くことになって、初日に待ち合わせ場所があって。そうしたら、そこに知り合いというか顔見知りの子がいて、「あれ?」みたいな。「あ、この人もスクラムに来るんだ」となって、そこでちょっと話していたら、少し緊張が減って。

「知ってる子がいるなら悪くはないか」と思いながら待ってたら、タカさんが迎えに来てくれた。知らないおじさんが迎えに来て、行ったこともない場所に連れて行かれ、「釧路に住んでるけどこんなところ行ったことないんだけど」みたいな(笑)。米町だったから。

―――ああ、そっか。冬月荘?

まりな:そうそう、冬月荘だったから。「なんだここ?」みたいなところで。

―――それは、冬月荘には異様な感じがあったってこと?

まりな:雰囲気、つかみどころのない感じというか。「建物は建物なんだけど何の建物なんだろう?」みたいな不思議な……。普通の一軒家ではないから。ちょっとした下宿先?みたいな。ちょっと広めの家みたいな感じ。

―――その当時のスクラムでは、冬月荘でどんなことをしてたんですか?勉強?

まりな:基本、学習支援だったので勉強しましたね。

私はスクラムの2期なんですけど、1期のスクラム立ち上げ当初の卒業した子たちも来たりとか。あと地域のおじさんとか市役所関係の人とか、大学生とか。いろんな人、いろんな大人があの時はいて。勉強も教えてくれたし、勉強だけじゃなくて集まった子たちと……なにやってたかな。当時はポータブルゲーム機もなかったから。ずっとしゃべって、体を動かして遊んでた気がしますね。私の期は結構やんちゃな子が多かったので、テーブルの上を走り回ったりとか(笑)。ポッキー型の空気入れる棒みたいなので、チャンバラごっこやったりとか(笑)。ギャーギャー騒いでて。

―――建物の中で?

まりな:中で(笑)。

―――走り回るんだ。

まりな:あとドラムセットみたいなのが隅っこに置いてあって、それ叩いて遊んでたりとか。でも勉強している子たちにはすごく迷惑(笑)。まあスペースは結構あったから、上手いこと活用してそこはやってた。

―――まりなさんは勉強していたんですか?どちらかというと遊んでいた?

まりな:私はどっちもかな?でも後半は遊び優先みたいな。私は途中で高校の推薦が決まったので、勉強しなくてもよくなって。勉強しない組の人達と一緒にだべってました。

―――なるほど。そこには基本的には同い年が多かった?

まりな:基本同い年で、そこで友達になったりとか仲良くなったり。

―――それは最初行きたくないところから緊張が解れていって友だちができていって……話を聞いていると、いやいやだったところからはわりと変化があったんですか?

まりな:自分の中ではすごく楽しかったんですよ。「スクラムがある」と思ったら楽しみだったし、「行きたい」と思ってた。学校にも家にも居場所がなかったところが大きいと思うんですけど。

「いてもいいんだ、自分」

―――「居場所がなかった」というのをもうすこし掘り下げると、どういう感じだったんですか?

まりな:家では、両親の間に入る役割が多くて、基本メンタルが弱い母をどちらかというと支えてた側でした。

両親の仲がすごく悪かったので、ずっとその緩衝材になってた感じで、自分の意見なんて言えないというか、言っていいという認識がなかったっていうか。常に母と父の顔を伺い見ていた感じでした。

学校は仲良くしてた子は全くいなかったわけではないですけど、どうも人と関わるのが難しくて、結構孤立したりとか、なぜかいじめの標的になったりとか。逆にみんなに合わせなきゃと思って加担して悪く誰かを言ってしまったりとかいうやつもあったかな。

―――意見はあるけど、だれにも言わないことがほとんどだったのかな。

まりな:それは今の仕事とかでももしかしたら反映されてるかもしれないけど(笑)。考えていることはあるけど、言わないでおいてることが多いかな。言わないでおいてるっていうか、そういうものは外に出すものじゃないって思っちゃってるのかもしれないですね。

―――それは、例えば、日記に書くみたいなそういう個人的な形でアウトプットすることもない?

まりな:書かないですね。「紙に書くといいよ」とかよく聞くけど、一応試したことはあるけどあんまり。数回ぐらいかな。結局残るじゃないですか。残って後々自分で見返すのが怖いなみたいなところがあって。

―――それは何が怖いんだろう?

まりな:なんだろう。そのとき自分はこんなこと思ってたんだっていうか、なんて言ったらいいんだろう……。恥ずかしい気持ちもあるのかな。

―――思っていない方がいいってこと?

まりな:自己否定が強いからなのかな。「自分は意思を持ってはいけない」みたいなところから来るのかもしれない。それを表現してしまうことで崩れてしまう感じが。

―――なるほど。意思がない方がノーマルというか……。

まりな:スタンダード?

―――そうすると、その内容がどうこうというよりは表現すること自体がスタンダードから外れてしまって問題、ということなのかな。

まりな:そうそう。内容云々ではなく。

―――そうすると、スクラムでも別になにかを表現してたということではないんですよね。でも、家とは違ってあった楽しさはどういうものだったんでしょうか。

まりな:うん、多分、スクラムでも表現はしてない。記憶にある限りではしてない気がしていて。でも無理してる感じがしなかったんですよね、そこの空間にいると。顔色とか全然窺わずに過ごせたし、「いてもいいんだ、自分」みたいな。

―――なるほど。学校とはどういうところが違ったんですかね。

まりな:何なんですかね?わかんないんだよな。不思議な力が。

―――それは個別の「こういう人がいたから」みたいなところというより、場の話?

まりな:場の話かな。個でみたら普通の学校に全然いるような子たちだったから。でも「みんなの場だよね」っていうのはなんとなく共通でみんな持ってたから、雰囲気的には違った。誰かが急にその場を乱すとか、そういうことはあんまりなかったかな。

―――「こういう場だよね」というイメージはスタッフとかも言ってたり?いろんな人が関わっていろんな人がそういうイメージを共有してたということなのかな。

まりな:具体的に「こういう場ですよ」って掲示されていたわけではなかったから、どういう場にして行きたいかみたいなのは、来る子たちの色で変わるというか。だから、スクラムって期によって全然雰囲気が違うんですよ。でも私たちの期と次の期くらいまでは結構活発にいろんな大人が関わってたっていうのもあって。本当に場づくりをしていた感じはありますね。

―――じゃあ、いろいろな大人がいたということも、学校と違うポイントのひとつではあったのかなぁ。

まりな:そう。学校だとやっぱ先生と生徒しかいないし。スクラムにはいろんな考えを持った大人とか、いろんな経験してきた大人とかが身近に、別に何をするでもないけど、ただそこにいて。いるってだけで何かが違うんですよね。

「他にはない場所」まじくるハイスクールでの「就活」

―――その後、中学校を卒業してからはしばらく関わっていなかったんでしたっけ。

まりな:卒業してからは高3になるまでネットワークサロンとは全く無縁の生活を送ってました。

―――その後関わった流れを、どんな感じだったのか聞きたいです。

まりな:高3に入る前ぐらいからは、学校が就職とか進路の雰囲気になってて。うちの家はもう暗黙の了解で大学ではなく就職って感じだった。

でも、当時全然何をやりたいとか、どんな職に就きたいとかも夢も希望もない状態だから。……いや今も無いっちゃないけど(笑)。求人が学校に張り出されるんですけど、学校が商業高校だったので大体接客業か銀行とかそういう系が多くて。

私は高校でも素行はそんなに悪くなく、それで先生から結構「ここ受けてみたらどうだ」と言われて。すごい銀行推しをされて、でも私全然計算とか得意じゃないし、というか数字弱いので(笑)。「いや無理じゃん」「就職試験のときには、テストあるし……」とか思ってたけど、就職活動が本格的になってきて、先生の言う通りに動いてたんですよ。

やりたいこととかは特になかったけど、「え?このままでいいわけじゃないよね?」「レールを敷かれてまた学生終わっても続くの?」とか、ぼんやりそういう気持ちもありつつ。「でも、やるしかないしな」みたいな感じで、だらだらと就職活動をしていて。

履歴書書きとかもほぼ先生が考えた志望動機を黒板からこうやって写して書いて(笑)。先生が書いてくれたんですよ。志望動機を「こういう風に書いたらいい」みたいな。「え?まじ?」と思いながら(笑)。

そんな状態で受けても何社か落ち、周りが段々決まっていく中で「本当にどうするかな」みたいな状況になって。

親からも「あんた就職どうするの?決まらなかったらどうするのさ?」みたいなこと言われて。「いや、困ったな。これ誰にも相談する人いないんじゃないか」って思った時に、その時なぜかタカさんの顔が思い浮かんで、頼れるというか気軽に話せる大人として思い浮かんで。それで、タカさんに現状をすごく久々に連絡して、「じゃあ、久々に1回会おうよ」みたいな話になって、近況報告して。

タカさんと話す中で私と同じくスクラムに通ってた子たちの中にも、多分、就職ぼんやりしてた子たちもいるだろうってことで、「他の子にも声かけてみて、なにかできたら面白そうだね」って話がそこでポンと上がり。

ちょうどその当時まじくるで若者支援を本格的にやろうみたいな感じになってたのかな。その時期とちょうどうまいこと重なってたのか、企画をいろいろ当時のスタッフとかと話しをしてくれたのかわからないんですが。

「自分たちなりの就職活動をする場を作ろう」みたいな感じになってって。その、「まじくるハイスクール」という活動をしてたのは高3の夏だと思うな。

―――自分たちなりの就職活動というのは、具体的にはどういうことをしていた?

まりな:んーとね……(笑)。いろいろしてたんだけど、履歴書書きの練習したりとか、「逆面接」って言って、「自分たちが面接官になって大人たちを採用しよう」みたいなことがあったり。まじくるのスタッフを巻き込んで、まじくるハイスクールに関わってくれるスタッフを巻き込んで、こっちが面接官になってやってみたりとか。

あと、一番大きかったのは高校と繋がれたことですね。釧路のある高校の当時の校長先生が日置さんと繋がりがあって「なにかできないですか?」みたいな感じになって。何ヵ月かに1回、高校に実際出向いて高校生たちと関わろうみたいな企画ができた。

―――関わった高校生たちは同年代?

まりな:下の学年です。

―――高校に行ってなにをするの?

まりな:たしか、ボランティア部の人達と協力してたのかな。コミュニケーションの練習とか。まじくるの研修でやってたのを応用したり。ちょっとしたゲームをしながらアイスブレイクして、高校卒業後でも繋がれる場所を作ろうとしてたんですよね。

もともとは「たぶん自分たちと同じように悩む子っているよね」って話になったのがきっかけで、今高校生の子たちと関わろう的な。

―――なるほど。「逆面接」とかいろんな企画が出てきていましたが、そういうのは高3の人達とかで企画して?

まりな:そうですね。みんなで企画をしてました。やる内容はスタッフが提供するとかではなく、基本的に子どもたち発案でいろんなことを。

「集まって、喋って、作る」だったかな。そんなキャッチコピーみたいなのがあって。「他にはない場所」とか、なんかいろいろ。

当時は就職活動っていってもキャリア教育みたいなのが学校であって。成功してる大人が学校に来て「社会に出るとはこういうことだよ」みたいなのとか、「願いごとを人に話すとそれが叶っていくんだよ」みたいな(笑)、謎の講習会が学校であって。

私はすごいそれに対して「なんだこれ?」みたいな(笑)。「人の話聞くのは別に嫌いではないが、これは教育としてどうなのだ?」っていう気持ちもあって(笑)。

―――違和感があった。

まりな:うん、違和感がありましたね。「これ、意味あるのかな?」みたいな。実際自分がその道行くわけじゃないから、「そういう世界もあるんだな」くらいで留められればいいんだろうけど。その「必ず願いは叶うから」みたいな。

―――それはまりなさん自身が持ってる人生観とかともずれがあったのかな。

まりな:その感じには乗れなかった。乗れなかったというか、たぶんそもそも「合わせなきゃいけない」って思ってたのも、合わせなきゃ穏便に済ませられなかったっていうところが大きいな。

―――合わせるしかないよねっていう、あきらめ……?

まりな:あきらめですよね。

―――じゃあそのズレを感じるところがあった学校とは違って、まじくるハイスクールにはちょっと違う切り口があったんですかね。だ

まりな:うんうん、スクラムと一緒で、まじくるハイスクールでも合わせてたりはしなかったかな。まあスクラムで関わってた子たちが多かったっていうか居たのがあれだったんで。スタッフ以外は顔見知りだったから、気の知れたメンバーでやってたって感じです。

―――そしたら、そこからネットワークサロンへの就職につながっていったんですね。卒業したら働く、新卒みたいな感じだったってことですかね?

まりな:うんうん。

蓋が開く「私の家、おかしいんじゃない?」

―――働き始めてからはそれまでとは違う部分があったのか、結構それまでの関わりと同じ感じでしたか?

まりな:働き始めも、最初は配属がまじくるだったんですよ。自主事業になる時と同時ぐらいにまじくるにいて、最初、何すればいいのかわからない。何もしない日とかも全然あって。自分で仕事を作らなきゃいけない。いけないというか作るものだったんだろうな、きっとあれは(笑)。

―――思い返すと?

まりな:思い返すと。多分、自分で何か見つけて何かをしてとかっていうのをするんだったんだけど、当時はそれすらわからない状況だったんですよ。「まじくるで何してたの?」って言われると思い出せないぐらい、たぶん何も……いや働いてたんですけど(笑)。

周りのおじさんから依頼されたものとかはよく作ってましたね。チラシとか求人票の打ち込みとか。そういうの一応まじくるの場がそれこそ仕事を探す場みたいなの、ジョブカフェでもないけど、ネットワークサロンで拾ってきた求人を張り出してみたいなのとかあったりしたので。

メインで一緒に働いてたおじさんが2人がいたんですよ。そのおじさんたちといっしょに日々の活動を考えたりとか、まじくるの研修でやってたことを自主事業になっても継続できるところは継続したりとか。まじくるでやってた研修の事業で研修に来てた人も、一応最初の頃は居場所として通ってきてたりしてたから、その人たちと変わらず居場所作りみたいなところも一緒にやったりとかはしてたかな。特に明確に「これをやらなきゃならない」みたいなのはなかったから、特にいわゆる「一般企業の仕事はこうやるんだよ」みたいなのの引継ぎとかそういうのは全然指導も何もなく。

―――突然?

まりな:突然ポンと、箱にポンと入れられて(笑)。

―――それはどのくらいやってたんですか?

まりな:まじくるには3年いました。他にも、児童デイの手伝いに行ったりとか。ぽれっとのヘルプにたまに行ったりとか。まじくるだけじゃなくていろんな事業所がネットワークサロンはあるから時々そっちに行くようになって。

―――あ、さっきの話だと、その辺りではじめてメンタル崩したり……。

まりな:まじくる就職時、初メンタル崩しかな(笑)

―――きっかけとか、聞いてよければ。

まりな:そこで夫と出会い、まじくるハイスクール時代から関わってたスタッフだったから、夫と話していくうちに「私の家、おかしいんじゃない?」みたいな話になって、初めて他人に自分の家の事情を洗いざらい喋ったんですよ。話してしまったことによって突きつけられたものがいっぱいあって、蓋が開いてしまい、それで崩れたんですよ(笑)。

―――蓋が開いてそこから崩すって話はよく聞くけど。そこからは蓋がもう閉じはしないのかな?

まりな:押し込めてはいたけど、いつでもうずいてる感じ、壺の中で(笑)

―――壺なんだ(笑)。ちょっと話飛ぶけど、当時、FFP的な活動とかも参加していたんですか?

まりな:FFPの活動には基本参加してないんですよ。そういう若者系の活動に参加するようになったのは本当に死にトリが初めてです。

―――そっか。じゃあ死にトリの中ででも、というか今こうやって聞いているのももしかするとその瞬間かもしれないけど、蓋が開かれてしまう所とか、直面するところとかは結構ある?自分のこととか家のこととか、いろいろ話したりとかする機会があるけど。

まりな:時々「あっ、これは直面化してしまうぞ」みたいな(笑)。そういう時はあるけど、もうなんかそれはそれだなっていうか。

―――同じような場面でも、初めて直面した時とその後って違うのかな。

まりな:一度直面したらもうその後はたぶん自分の中ではダメージの量は少ないというか、常に新鮮な気持ちでダメージを負うみたいなことはないかな。

―――そっか。でもだから平気ですって事でもないですよね。

まりな:なのかな?わからないけど。

業務の変遷

―――まりなさんは、今で何年働いています?

まりな:9年と、5月に入所したからもうちょっとで10年になる。

―――その間の最初の3年がまじくる。

まりな:そう、その後に児童デイに異動願い出して児童デイに行きました。

―――まじくるの仕事とは、まただいぶ違いそうな。

まりな:全然関わる人も違えば、やってることも全然違う。私はたぶん、ゼロから何かを生み出すというのがすごく苦手で、元々何かがあって、そこから作るみたいなのがいいんですけど、だからまじくるで働いてた後半とか、たぶん心が結構死んでて(笑)。

―――それは仕事との相性?

まりな:「このままここで働いててもしんどいままだな」みたいな。ヘルプとかで行ってた児童デイがすごい楽しくて、子どもがそんな好きなわけではないんですけど、変化がわかりやすく見えるというか。子どもの成長とか。そういうのをちょっと経験積んで自分の何かに役立てたらなみたいな気持ちもあって、児童デイに異動願を出して。

―――異動してみて、実際どうでしたか?

まりな:大変なこともありましたけど楽しかったですね。時折メンタルやられて、タカさんとかに相談したりとかはありましたけど。

―――そしたら、そこからまた変遷があるのはどういう感じですか?何年くらい?

まりな:児童デイにも3年くらいいて、全然頑張れてたというか頑張れる時期だったんですけど、トラウマだったものに関係する出来事が起きてしまい。

自分が本当にがっつりメンタル崩すとは思ってなくて、まだまだここで働ける、働きたいなみたいな気持ちもあり。働きたいなというか、変えていきたい部分もある気持ちにもなりつつあるときに、もう行けないってなって。そしてまたタカさんに相談したっていう。

それが、バレンタインの日だったんですよ。スタバで号泣して、タカさんがずっとネタにされてるんですけど、バレンタインの時に年上のおじさんが若い子を泣かせるっていう図になってしまった(笑)。

―――たしかにちょっと伝説的な場面かも(笑)。でも、場所なんか選んでられないしね。

まりな:場所選んでられないですよ、つらいし。「ごめんね、スタバにいるみんな」みたいな(笑)。

―――じゃあ、スタバで相談して、児童デイは離れることになり。

まりな:もう行けなくなっちゃったんで、離れるしかないというか、ちょっともう無理になっちゃって身体症状も結構出てたんですよね。だからダメだって思って。

でもダメだってなりそうでも「でも、仕事はどうなるんだろう?」って不安も強くて。できることをとりあえずやろうみたいな話になって。グループホームの勤務は入社してすぐからやってた仕事でもあったので、そっちにとりあえずちょっと関わってやっていこうという話になって。

―――仕事どうなるんだ不安、仕事どうなるんだっていうのは、お金を稼いでいけるのかみたいなこと?

まりな:生活かな。やっぱりそこは。

―――グループホームの仕事は、「じゃあ、まあやってみようか」って感じになったんですか?

まりな:トラウマがまた何か起きるみたいなことはほぼない仕事だったから、それならできるな、みたいな気持ちもあって、とりあえず、何かしら動いてないとたぶん不安だったんですよ。体調はしんどかったけど。

―――なるほど。

死にトリでの「学び」

まりな:その後すぐのころ、死にトリの話をひとみさんから出してくれて。

―――それは何年前の話?

まりな:3年前ぐらい。

―――3年前というと、死にトリのサイトが始まる前から関わってたんですかね。

まりな:「こういう企画が上がってるんだよね」ぐらいの時からだから、本当に最初からな気がします。一応、多少話は進んでたんでしょうけど、はじまったばかりくらいで。

―――ちょっと動き出しているような企画の中に入ってというのはちょうどよかった?

まりな:タイミングはよかったですね。

―――死にトリでは始まる前は企画とかそういう、企画というかまず何をやるかという所からですよね。その辺で何か覚えてる事とかあります?始まる前と後で印象とか聞きたい気がする。

まりな:立ち上げの時あんまり記憶に残ってないな。ばたばたやってたから、なんか「楽しいことが始まるな~」みたいな気持ちで関わってて。「いろんなことを知れるな」というか。今までは一つの事業所でしか働いてなかったし、視野が広がるような活動だなという印象があって。

―――「視野」っていうのは何ですか?

まりな:いろんな人がいることをとりあえず知れるというか、これまで関わりが最小限で収まっていたところが、本当いろんな世界に触れるというか。

―――それは死にトリに来るユーザーさん?

まりな:ユーザーもそうだし、あと、みんなの話聞いたりとか自分の話ももちろんする機会が増えたので、深い話を少しずつしていって、その辺で見えてた世界が広がった気がします。

―――まりなさんが前に自己紹介の中で「学びを還元したい」って書いていて、私もそうだなって言葉として共感するところがあったんだけど、まりなさんにとっての学びってどういう部分だったんだろうなっていうのは気になっていました。

まりな:もっといろんなことを知れる機会を、いろんな人が経験できるような……。なんていうんだろう、わかんないけど、そういうことができたら楽しいのかなっていうかいいのかなって思ったり。

―――視野が広がることは、怖いときとかびっくりするときもある希ガスsるけど、結構前向きな感じで。

まりな:あんまり抵抗はないかな。自分とのギャップはもちろん感じるけど、わりと、「それはそれ、これはこれ」みたいなのはある。切り分けてるというか。

「メタ認知弱め」

―――それに関連しているかわからないけど、自己紹介で自分のことを「メタ認知弱めで」って書いてて、「そうなのか」って思ったんですよ。まりなさんは周りに対する視線の鋭さっていうか、よく見ているなと感じるから。周りを見てる感じと自分に対する扱いが違うのかなって。

まりな:うんうん、たしかにそれはそうかもしれない。扱いが違うというか、自分のことってわからないことが多いんですよ。自己理解したい気持ちはすごいあるんですけど、考えても考えても腑に落ちない?たどり着けないんですよね。見立てられないというか。

わかりやすいものがある時は全然「これは今こういうことだからこうなんだな」みたいなのはわかるんですけど、構造理解はできるけど感覚的に「ん?」みたいな。

―――「ん?」っていうのは?腑に落ちないというのは頭では理解していることと実感でズレがある?

まりな:感じがしてる?行動が伴わないことの方が、たぶんそれが。

―――理解したと思った所と行動がズレる?

まりな:ズレちゃう?つい引っ張られちゃったりとか。「なぜだ?あのとき自分はわかったはずじゃないか」とか「みんなの話聞いて、こう言われてこう思ったじゃないか」って思うんだけど。

―――それは「全くわからない」というよりは「ズレる」というか……。でもそれだと「わからない」っていう認識になるのかな?

まりな:ん-……勉強会とか学んだそれこそ仕組みとか構造とかを理解して、それを他の人に対して反映して、それを通してみることはできるんですけど、自分となると途端になんか……。何なんだろうな、逃げてるのかな?(笑)逃げの態勢になってしまっているのかわからないけど、直面化したくないだけ?(笑)常に客観視して自分のこと俯瞰で見ないとなとは思ってるけどできない時の方が多かったりもするからな。

―――「俯瞰で見ないとな」って思ってるんですか?

まりな:うん(笑)。コントロールがすごく苦手なんですよ。たぶん何もしないと。だからそのコントロールをすべきかしないべきかみたいな話にまたなっちゃうけど、それがいいのか悪いのかみたいな。抑制するためにはちょっと遠目で見ないと難しいですね。

―――むしろ、普段からめっちゃ抑制してるからついに抑制が効かなくなる時がある、みたいな感じなのかなって聞こえました。

まりな:それはコントロールめっちゃしてるんだと思います。でも暴走しちゃう時があるのかな。たまに。「あー!」みたいな(笑)。

コントロールしてない時は寝てる時ぐらい?(笑)

―――そういえば、まりなさんって普段なにしてるんですか?生活のイメージがあんまりないかも。

まりな:衣食住的なのは他のスタッフに比べれば全然見せてないかもしれない。生活か……。

―――でも頭痛いとかで苦しんでる時も多そうだなとかは思うけど、仕事とか活動とか以外もわりとコントロールの対象って感じなんですか?

まりな:そうかも。コントロールしてない時は寝てる時ぐらい?(笑)

―――なるほど。

まりな:めっちゃしてる。だから、生活してると疲れちゃうんですよね。「あ、もう生きるの嫌だな」みたいに思う時はある。セルフケアはよくわかんないんですよ。別にストレスはすごい溜まってるって感じもしなくて、日々生活していて。マヒしてるだけなのかな(笑)。

―――(笑)。じゃあだから本当に突然コントロールできない瞬間がやって来る?予兆もなく?

まりな:でも「調子崩しそうだな」という感覚はあるので、そこでまた何かしらコントロールして、あんまり大きく崩れないようにしているところはあるかな。仕事にそこまで支障を来たさない程度にというか。

―――じゃあ寝てる時が一番いい時間なのかな?でも寝るのも苦手そうな印象も……。

まりな:寝られない時もあるんですよね。周期がやっぱり不規則だけど、めっちゃ寝ちゃう時と朝ぐらいまで寝れないみたいな時とか。そういう意味ではやっぱ生活で来てないんじゃないかって自分は思いますね(笑)。実は生活破綻してるんだよな。健康的な生活は送れていないと思う。そう考えると。

―――なるほど。その中に健康的だなって思う瞬間とかはあったりするんですか?あまりない?

まりな:たまにちょっと早寝早起きする時もあるんですよ。小っちゃい時はちゃんと規則正しい生活を埋め込まれてたので。

―――そうなんだ。

まりな:祖父母と暮らしていて、父親、母親、じいちゃん・ばあちゃんみたいな暮らしをしていたから、朝ごはんちゃんと食べるとかそういう習慣は身に付いていて、一人暮らしだから時々バランスが崩れるっていうか、その基礎はあるけど食べない時もあるみたいな。

―――逆に「朝ごはんちゃんと食べないと」とかで疲れることはない?

まりな:それはないけど、調子が悪いとそこまで回らなくはなるかな。基本食べるのそんなに好きじゃないから(笑)。

―――まりなさんは、コントロールをあえて外すみたいな習慣があまりないのかな?

まりな:うーん、「外す」はないかな。外してしまうと。

―――外すと何が起きるんだろう。調子を崩すってこと?

まりな:崩れるんじゃないですかね。

「冬眠したいよ」

―――ちなみにこのインタビューは第三段として公開する予定です。これまでに大友さんと市野さんに聞いていて。それぞれの関わり方のことを聞いています。そういう記事の中にまりなさんのインタビューの記事で言っておいた方がいいことってありますか?

まりな:2人はのびのびだからな。市野さんのことはよくわからないけど。色は全然違いますよね。何が違うかな。でも、対極にあるな大友さんとは。

―――そうなんだ。

まりな:きっと。対極なのかな、わからんけど。

―――それはどういう「極」?

まりな:のびのびしてるもんね、大友さんは。

―――なるほど。のびのびしてるのが大友さん。そのコントロールはのびのびと逆ですもんね。

まりな:逆だから。

―――まりなさんはコントロールしていて、のびのびというより……。

まりな:……縮こまってるもんな(笑)。熊だって冬眠してるのに。冬眠したいよ、この時期は。

―――たしかに。でも、まりなさんは実際は冬眠みたいに休んだりしようとは思わないでしょう?

まりな:できないね(笑)。

―――のびのびしてたら冬眠することもあるかもしれないかなとか思ったり。

まりな:私は冬眠したら終わりみたいな、命の危険を感じるかもしれないね(笑)。

―――なるほど。

まりな:だから眠りから明けた時の世界を想像するのが怖いです。

―――なるほど。眠りから明けた時どうなってるんだろう?冬眠じゃなくてもコントロールしないとかってなったらやばいってことですよね?

まりな:危機感みたいなのがあるんでしょうね。本能的なのかわからないけど、刷り込まれているものなのか。

―――なるほど。色々聞かせてもらってありがとうございました。